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受講の感想

「大人のための国語の授業」「大人のための古文の授業」 を受講して 

 受講生  田中 誠

「大人のための国語の授業」「大人のための古文の授業」の感想文を書いて欲しいとの依頼を講師の畠先生よりいただいた。断る理由もないので「承知いたしました」と軽い気持ちで返事したのだが、授業の感想文となると、講師からの依頼だけに「よいことばかりを書き連ねるのはお世辞みたいで嫌だし、批判めいたことを書くのもあら探しをしたようで嫌だな」と妙な雑念にとらわれて筆が進まない。自分としては、七回の古文の授業すべてに出席できたことは大変うれしく思っているが、授業の内容をどれだけ理解し、教えられた知識がどれほど記憶に残っているか問われると、はなはだ自信がない。そこで、とにかく古文の授業で配布された資料をもう一度読み返してみることにした。

資料を読み返しながら感じたことは、授業をする側(教える側)の大変さだ。一時間半の授業のために毎回これだけの資料を準備するとなると、そのために講師の畠先生は授業時間の何倍もの時間を費やしておられるはずで、そのことに改めて頭が下がる思いがした。資料には棒線と小さな文字の書き込みが多数ある。当初この棒線と書き込みには違和感を覚えた。資料(テキスト)へ棒線を引き、書き込みすることは、授業を聞きながら自分でするものと思っており、実際これまでそうしてきたからだ。

しかし、改めてその書き込みを丹念に読んでみると、重要語句の解説、文法の詳細な説明、本文の歴史的な背景などが細かく記されており、「古文(古典)はこのようにして読み、そして学ぶのだ」という畠先生からのメッセージであることがわかった。講師の畠先生は、資料への書き込みを通して古文の読み方、学習の方法を細かく伝えてくれていたのだ。特に印象に残ったのは第五回の授業で配られた浄土真宗「白骨の御文章」だ。その一枚の資料に占める文字の割合は、本文二割に対して書き込みが八割だろうか。

紙面を埋め尽くした小さな文字の書き込みは、一瞬それを読むことを躊躇させたが、読み始めてみると、その詳細でわかりやすい解説に驚くと同時に、何より文字がきれいで読みやすいことに感動した。これは明らかに人に読まれることを意識して書かれた書き込みであり、自分が読むための書き込みではない。そのきれいで読みやすい文字から、畠先生の今回の授業に対する思い入れだけでなく人柄が感じられ、うれしく、そしてありがたい気持ちがした。

何回目の授業であったかは忘れたが、畠先生が「授業は、教師(教える側)と生徒(学ぶ側)が一緒に作り上げるものだ」と話されたのを記憶している。畠先生がそういう気持ちで毎回の授業に臨まれていたことが、資料の書き込みから改めて伝わってきた。その言葉が記憶に残っていたのは、室町時代に日本の伝統芸能である能を大成した世阿弥が「猿楽(能)は、為手・して(役者)と見手・みて(観客)が心を一つにして作り上げるものだ」と、その著「風姿花伝」で述べていたのを思い出したからだ。

そしていま改めてその言葉の意味を考えてみると、「教師(教える側)と生徒(学ぶ側)が心を一つにして充実した授業を作り上げる」、「大人のための国語・古文の授業」で畠先生が目指されたところの一つがそこにあったのだと思う。茶道にも「一座建立」という言葉があり、それは主人と客が心を一つにして茶会を充実したものにしていくことをいうのだそうだ。「皆が心を一つにして充実した場を作り上げる」この発想は、日本人が古来より受け継いできた知恵だと思う。

しかし、日本の今の世相をながめれば、政治、経済だけでなく外交までが「勝ち負けを決める競争の場」になってしまっている。「皆が心を一つにして充実した場を作り上げる」今こそこの日本の知恵を活かすことが切に求められているのではないだろうか。競争するばかりが能ではない。古典から学ぶ意義は大きいと思う。

八月六日の最後の授業はとりわけ心に残るものがあった。その日は原爆が投下されて七十四年目という広島にとって特別な日であり、授業の冒頭、畠先生ご自身が原爆の記憶をお話しされ、中でも白島という爆心地に近い場所にお勤めの父君が何時間もかけて無事帰宅されたことを「父親が職場から戻って来るのは、毎日の当たり前のことなのだが、今考えてみると、よくまあ無事に帰ってきたものだと思う」と話されたことに強い感銘をうけた。

七十四年前の八月六日の広島、原爆投下直後の悲惨な状況の中で、多くの人たちが生きるために必死に行動し、「今考えれば奇跡のようなこと」が数多く起きていた。しかし広島のあの時あの状況においては、それは奇跡でもなんでもなかったのだ。今年五月一日、平成から令和に元号が改まった。平成の三十年間は、経済が不況で自然災害が多かったとはいえ、戦争が一度もない平和な時代だった。

「戦争のないこと」それは平成の日本人には当たり前のことで、戦争など夢にさえ出てこない三十年だった。地球の他の地域で起きている戦争も、異次元の世界で起きている出来事のように無関心でいられた。しかし、それが平成三十年間の現実であっても、これから何十年か先に過去を振り返り、平成に一度も戦争がなかったとは、「今考えれば奇跡のようなこと」だと回想する日がくるかもしれない。「今考えれば奇跡のようなこと」、この言葉の意味がとても重く感じられた令和元年八月六日だった。

考えてみれば、古典とは奇跡のようなものではないだろうか。兼行法師も徒然なるままに書き綴った自分の文章が、七百年以上にわたって読み継がれるなど、思いもしなかったろう。さらに時代を遡る清少納言、鴨長明はなおさらである。しかし、枕草子であれ、方丈記であれ、徒然草であれ、それを奇跡にしたのは、読み継いできた先人たちである。誰も読まなくなれば奇跡は消滅する。奇跡を残せるかどうかは、今この時代に生きる私たちにかかっていることを肝に銘じたい。

最後に毎回の授業に万全の準備をしてくださったコミュニティー・アカデミー上幟のスタッフの皆様に感謝の意を捧げ、今回の授業の感想を終えたいと思う。皆様ありがとうございました。

 

受講講座:「大人のための国語の授業」「大人のための古文の授業」

 

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