広島の文化懇談会

  • 日 時 : 水曜日 18:30-20:00
  • 会 場 : 上幟教室 (広島市中区上幟町10-15-201 畠田ビル 2F)
  • 座 長 : 田邊 良平
  • 定 員 : 30名
  • 受講料 : 500円
日 程 テーマ 講 師
第1回 4月20日 東区福田から出土している国の宝福田型銅鐸 中村 正治
第2回 5月18日 古事記・萬葉集による日本の姿 小山 正
第3回 6月22日 雑誌 『Grandeひろしま』 から見る広島は? 平木 久恵
第4回 7月20日 広島は軍都と同時に学都であった 田邊 良平
第5回 9月14日 西国街道の今昔物語~大宰府官道から国道2号線まで~   佐々木 卓也
第6回 10月19日 広島歴史散歩入門   本田 美和子
第7回 11月16日 広島カープの歴史を振り返る  New ! 小西 晶

セミナー趣旨

第1回 東区福田から出土している国の宝福田型銅鐸

広島県内には今から2000年前の銅鐸が広島東区福田と世羅町西黒川の2か所より出土しています。特に福田から出土した銅鐸・銅剣・銅戈は現在、国重文になっています。本銅鐸は現在、日本で5個出土しており、全て福田型の名称になっており、銅鐸の学説を覆す、形式に属さない不思議な銅鐸として注目されています。しかし、今もって銅鐸は全てが謎であるために、いろんな人々の説・ロマン等をここに紹介し、同時に、この機会に地域の「宝物」の輪を広げ、多くの皆さんに再認識していただきたいと思っています。

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第2回 古事記・萬葉集による日本の姿

古事記は、現存する最古の歴史書であり、万葉集は現存する最古の歌集である。この二冊の本が世に出たのは、奈良時代といわれている今を遡ること千三百年ほど前のことである。この千三百年の間に日本人はどのように変わったのであろうか。これを知ることが古事記や万葉集を学ぶ者の楽しみである。この最高の愉悦を多くの人に知っていただき、日本の古典文学に親しんでいただきたいとの願いを込めて講演をしています。このたびは「ね」という一音の語を題材にして、日本人・日本語が如何に変化してきたのかを皆さんの前に明らかにしましょう。えっと驚かれることと、常識に囚われては日本の古代は見えないことを知っていただけると思います。

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第3回 雑誌 『Grandeひろしま』 から見る広島は?

『Grandeひろしま』は、「いいもの、いいこころを広島から」をキャッチフレーズに、大都市からではなく地方から地域の情報をお届けする季刊情報誌です。芸術、音楽、食などの文化、地域発信の活動や祭りなどの地域文化、人生や生き方など幅広く深く心に残るテーマを取り上げています。

「人」の取材では、ものづくりへの熱い思い、さらにはその人生を伝えることを通して、人や作品が一層魅力的に感じられるように。
「地域」の取材では、目新しいモノや流行を発信する大都会と比較するのではなく、地方ならではの魅力と地域に関わる人々の心意気を。
「食」の取材では、おいしさだけでなく、作り手の顔や地域が見えるように。
「芸術」の取材では、芸術をより身近に愉しんでいただくためのガイドになるよう、わかりやすく。
「自然」の取材では、地方の暮らしをあらためて見直し、自然と共に生きる心豊かな暮らしを。

こうした取材の中から見える「広島」とは?「広島人」とは?特集を中心にお話をさせていただきます。

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第4回 広島は軍都と同時に学都であった

明治維新以降、わが国は「富国強兵」をスローガンに、軍備の増強で国力の興隆に努めることになりました。 その一つとして全国を6地域に分けて、その中心地に陸軍の鎮台を置き、国防の充実に努めてきました。中国四国地域を統括する鎮台が広島に置かれ、軍都広島がスタートしたのです。その後、明治10年の西南戦争に始まり、27、28年の日清戦争では、広島は清国の戦場に向けての最先端基地となり、さらに明治37、38年の日露戦争では、広島の軍都としての役割は一層強まってきました。

一方、明治36年に、東京に次いで開校した広島高等師範学校によって、広島は学都としての地位を得ることになりましたが、それ以前にも地元の知識人によってユニークな学校が開校しています。「軍都と学都、戦争と平和」の両立をはかりつつ、広島は発展して来たのですが、その過程において、広島の財界人はどのように関わってきたのかを中心に紹介しましょう。

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第5回 西国街道の今昔物語~大宰府官道から国道2号線まで~

旅は道連れ、世は情け みちを歩けば歴史が見えてくる
古来「影面の道」(かげとものみち)と呼ばれ、京師や畿内から西都大宰府へと至る官道として、大宝律令に規定され古代山陽道が開設されました。平安京から福原京の遷都で平清盛はこの官道を西国街道と称しました。近世に山陽道は五街道の脇街道として、管理や補修等は各藩に移譲され、各所に宿場町や一里塚は置かれ、やがて開港の許された長崎街道をも西国街道とも称し、西日本の基幹交通路として、明治以降は国道2号線として現在も存在します。広島藩主浅野家は西国街道と、萩藩・福山藩等は旧来の山陽道と称しました。これで天下の御膝元の江戸と、京・大坂を経て長崎へと結ばれる街道を通じ、「江戸の敵は長崎で討て」の故事と、西国大名では外来文化を受け入れる土壌ができ、やがて幕末維新への運動が起こりました。こうした流れについても解説いたします。

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第6回 広島歴史散歩入門

広島の街を散歩していて、目をこらすと、広島の歴史があちらこちらに見えてきます。原爆の惨禍を乗り越えて、大都市へと発展した広島。すっかり近代的な街になった広島に昔の痕跡は残っていない…と思いきや、実はそこかしこに江戸・明治・大正・昭和時代を生きた先人たちの息遣いを感じることができる場所があります。誰もが知っている広島城・縮景園・東照宮などの有名な史跡・名所も良いですが、今回はそうでない隠れた史跡を中心にご紹介したいと思います。ちょっと視線を変え て注意すると、いろいろな歴史が見えてくることでしょう。

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第7回 広島カープの歴史を振り返る

広島東洋カープが今年、25年ぶりのセ・リーグ制覇を果たしました。広島の街の盛り上がりを見るたびに、カープという球団がいかに深く広島の人々に愛され、根付いているかを感じます。広島の熱狂は、プロ野球?球団の中で特別だと言われています。それは、カープがたどってきた歴史と無関係ではありません。1950年にカープは結成しました。広島の人々にとっては、原爆で廃墟と化した地をともした希望の灯火だったのです。市民球団であるカープの歴史は、広島の街の歴史でもあるのです。

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講師紹介

中村 正治 (なかむら・まさじ)

1943年8月、広島市生まれ。電力・建設会社勤務。「福田歴史文化保存会」を設立し、東区福田から出土した国重文の青銅器(銅鐸・銅剣・銅戈)を地元の学校や地域セミナー等開催にて「わが村の宝不思議な銅鐸」を紹介・伝承活動している。また、「広島郷土史会」で広島県の史蹟・文化施設等の現地研修のお世話をしている。


小山 正 (こやま・ただし)

昭和20年5月、岡山市生まれ。同年6月29日の空襲により岡山県阿哲郡矢神村(現新見市哲西町)に疎開しました。中学一年のとき広島に出ました。広島銀行に三十余年勤務した後、中国財務局へ金融証券兼官として勤務しました。退職後は、家内と日本一周の旅をしています(小笠原諸島と八重山諸島を残しています)。八年前より古事記の研究を本格的に始めました。古事記は神話であるとの誤った見解を何とか正したいとこれまでの研究成果をまとめているところです。講座の「ね」一音の語の解釈間違いですが、古事記や万葉集にはまだまだ多くの誤りが指摘できます。そのことを記述した本の刊行に鋭意努力している最中です。


平木 久恵 (ひらき・ひさえ)

企画編集出版会社(有)グリーンブリーズの代表取締役兼編集長兼雑用係。バス路線早見帳「バスの達人」をはじめ、各種印刷物を企画編集。「いいもの、いいこころを広島から」をコンセプトに、2013年夏、季刊誌『Grandeひろしま』創刊。仕事の傍ら、地域の人々と一緒に地域づくり活動も続けている。「食と農の映画祭inひろしま」実行委員長。TSS「広島満点ママ!!」の水曜日のコメンテーター。モットーは「仕事は楽しく、遊びはまじめに」


田邊 良平 (たなべ・りょうへい)

昭和9年11月広島市出身、金融機関に勤務。退職後、原爆以前の広島の姿を周知してもらうために、歴史・文化・風土などの紹介に務める。現在、広島の月刊誌「経済春秋」に、「広島政財界人物誌」を連載中、7月号で187回となる。加藤友三郎の銅像復元、二葉あき子の歌碑建立に関わり、目下、江戸時代から原爆以前まで続いた「二葉の里の桜並木」を復活させる活動に取組んでおり、二葉の里歴史の散歩道のガイドにも携わっている。


佐々木 卓也 (ささき・たくや)

1954年生まれ広島市佐伯区在住。歴史的文化資源を活かした、街歩きの指導・文化財の調査・公開講座などの企画を行う、私設の「間学苑:時空人論研究所」を主宰する。1981年に「広島地名研究会」の事務局代表として、広島市を中心とした地名に関する講演会などを始める。「中国・地域づくり交流会」では研究部会の代表世話人を務める。「ひろしま歴史街道トリップ実行委員会」の座長として、市民へ情報提供のための活動を幅広く展開している。中国地方を中心とした様々な歴史探訪ツアーを企画し、文化教室などに提案し、添乗ガイドを行うほか、広島市内の公民館や各文化センターでの講師として、市民の歴史に関する知的欲求にこたえる活動を行い、「歩けば歴史が見えてくる」をモットーに活躍している。こうした地域活動に対し、平成26年度:第35回広島文化賞を受賞。


本田 美和子 (ほんだ・みわこ)

広島市在住、広島大学文学部文学研究科西洋史専攻博士課程前期終了。平成2年~3年広島県埋蔵文化財調査センターに調査員として勤務、平成4年~平成22年広島城に学芸員として勤務、現在広島市郷土資料館に学芸員として勤務。館内で広島の歴史を紹介する展示を開催するほか、公民館等での講座やフィールドワークを行っています。仕事柄いろんな事を調べていますが、ライフワークは城下町広島について隠れた歴史を探ること。6年前から郷土資料館勤務になったのをきっかけに近代都市広島にも関心が広がりました。平成28年9月24日(土)NHK「ブラタモリ・第48回 ~広島はステキなシティ!?」に案内人で出演しました。


小西 晶 (こにし・しょう)

広島市在住。法政大学社会学部社会心理学専攻。平成4年中国新聞社に入社。運動部記者としてカープ、サンフレッチェ担当などを歴任。11年には年間連載「カープ50年」でミズノスポーツライター賞を受賞。翌年、年間連載「アマスポーツNOW」で再び同賞を受賞する。中国新聞のカープコラム「球炎」は9年間執筆。アマチュアではサッカーW杯日韓大会、広島、仁川でのアジア大会などを取材。今年8月のリオデジャネイロ五輪は現地から伝えた。